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光照寺薬師堂 附 厨子
更新日:2026年3月10日更新
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初秋の薬師堂
寺の創立については、明らかではありませんが、古くは真言宗寺院であったと言われています。はじめは現在地から北東の団子新居村にありましたが、永正7年(1510)に武田信虎によって、岩森の坊沢に移され、「百軒の坊中」といわれるほど、たくさんの宿坊が建立され栄えたと言われています。
天正10年(1582)の織田氏による甲斐侵攻の時、織田軍によって寺全体に火をかけられましたが、薬師堂は焼失をまぬかれ、その後に現在地に移されました。
薬師堂の構造は、宝形造(ほうぎょうづくり)檜皮葺形(ひわだぶきかた)銅板葺で、阿弥陀堂形式です。形式・技法は軒や木鼻に室町時代後期の特徴がよく表されています。
堂内に納められている入母屋造妻入りの一間厨子も、薬師堂と同時期のものとみられています。
(昭和46年6月22日 国指定 (建造物))
所在地
甲斐市岩森(光照寺)
光照寺薬師堂(甲斐市立図書館 ふるさとアーカイブ)<外部リンク>


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