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信玄堤

更新日:2026年3月10日更新 印刷ページ表示

信玄堤の写真

武田信玄公の偉業「信玄堤」

武田信玄公といえば何をイメージするでしょうか。

甲斐の虎?戦国最強?武田騎馬隊?

山梨県民のイメージは「信玄堤」なんです!

学校の校歌にも出てくる県民になじみ深い信玄堤は今も私たちを洪水のリスクから護ってくれています。

信玄堤ってなんだろう?

信玄堤は、武田信玄公が氾濫をくり返す釜無川の水を治めるため17年の歳月と斬新な治水構想により1560年(永禄3年)に完成したといわれています。

 

信玄堤の特徴は広域的な河川の流れのコントロールにあります。

  1. 南アルプスの雪解け水が現南アルプス市の扇状地を釜無川に向かって一気に下る御勅使川の流れを6枚の堤「石積出し<外部リンク>」によってコントロール
  2. 流れる方向を調整した御勅使川を将棋型の石積「有野将棋頭<外部リンク>龍岡将棋頭<外部リンク>」にぶつけて河川を分断して弱める
  3. 16個の巨石を配置して御勅使川と釜無川の合流を調整
  4. 合流した釜無川を自然の岸壁「高岩」にぶつけてさらに勢いを弱める
  5. 念のため高岩下流の左岸に堤防「信玄堤」を築造
  6. さらに念のため信玄堤を直接洪水が襲わないように石積出しを配置
  7. 万が一堤が決壊した場合のために氾濫した水を戻す霞堤<外部リンク>開口部を準備

現代までに何度となく修繕が繰り返されている信玄堤ですが基本構想は450年以上前に武田信玄公が構想したものが受け継がれ続けています。

信玄堤ってなにがすごいの?

信玄堤に用いられた技術自体は大規模なものではあっても、特別な目新しいものではありません。

特別なものはその治水構想で武田信玄公が甲斐国で強固な中央集権体制を築いたことにより、信玄以前には小規模な地域ごとのチグハグな治水から徹底して水をコントロールする全体構想的な信玄堤築堤に取り組むこととなりました。

その結果、信玄堤は築堤以来450年以上甲府盆地流域を守り続けています。

信玄堤をより詳しく知ろう!

より詳しく信玄堤を解説している信玄堤ガイドブックはこちら

武田信玄ゆかりのエピソードin甲斐市

武田家重臣赤備えの山県昌景の後裔「山県大弐」を祀る山県神社と大弐学問祭

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