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歴史
更新日:2026年3月10日更新
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古代律令制の時代には、山梨県は甲斐の国と呼ばれ、下部組織として山梨郡、八代郡、巨摩郡、都留郡の4つの郡が置かれ、現在の甲斐市は巨摩郡に属していました。
1589年に徳川氏の五カ国総検地の一環として国中3郡(山梨、八代、巨摩)の検地が実施され、この際、行政区域として九筋二領が定められ、現在の甲斐市玉川を除く地域は北山筋に、甲斐市玉川は中郡筋に属していました。
近代に入ると、1872年の区制の制定により山梨県は80(その翌年には34)の区に分けられ、その後、明治時代の郡区町村編成法及び市町村制の施行により、幕藩体制以来の自然村は人為的な行政単位に再編されました。
さらに、昭和29年から31年にかけて大規模な町村合併が行われ、竜王町・敷島町・双葉町が誕生しました。
そして、平成16年9月1日、竜王町・敷島町・双葉町が合併し「甲斐市」が誕生し、現在に至っています。
九筋二領とは、万力・栗原・大石和・小石和・中郡・北山・逸見・武川・西郡の九筋と河内・郡内の二領のことで、江戸時代に主として地域名として用いられました。


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